July 07, 2012

ミニーズ

 サックマンさんからのリクエスト企画。

 とはいえこちとらブラウンズブログであるからして、親父に触れずして倅の話をするわけにはいかぬ。

 チェイスの父親フランク・ミニフィールドは、「マイティーミニー」の愛称で親しまれ、80年代後半のブラウンズを支えた中心選手の一人。大学卒業後、当時存在したUSFLというリーグで2年間プレーし、84年にドラフト外FAでブラウンズに入団した叩き上げ。
 86年から89年まで4年連続プロボウルに出場したほか、88年はオールプロ1stチーム、また引退後、殿堂入り選手の投票権を持つメンバーの投票による「80年代オールスター(All-Decade Team)」にも選ばれた名選手である。
 しかし彼は単品としてよりもハンフォード・ディクソンとのコンビで名を馳せた。愛称としてはあまり浸透しなかった「コーナーブラザーズ」は、3年連続でプロボウルに揃って選出されたり、85シーズンのプレーオフにて、当時MIAで人気と実力を兼ね備えたWRマーク・クレイトンとWRマーク・デューパーのコンビを、合わせて1捕球に抑え込む(しかもQBはダン・マリーノ)というガチのシャットダウンパフォーマンスを見せたこともある。
 なおこのコーナーブラザーズは、弊ブログ名の由来でもあり、全米屈指の品のないファンが集う観客スタンドDawg Poundの生みの親でもある。

 余談だが、フランク・ミニフィールドは小生が生涯最初に気になりはじめたNFL選手である。理由は、名前がカッコよかったからである。そういう意味でミニーの存在はブラウンズファンになった理由のひとつといってもいい。
 プレースタイルは、小兵(5-9)ながらフィジカルコンタクト大好き、バンプ&ランが得意で且つWRのどんな動きにもついていく生粋のマンカバーCBであったらしいが、さすがにそこまでは覚えていない。

***

 さてスッキリしたところで倅である。親父紹介で力尽きたので簡単に。
 倅の本名チェイス・ミニフィールド。バージニア大出身、身長5-10(178cm)、体重183lb(83kg)、赤シャツ含め大学に5年在籍した23歳。
 彼のベストシーズンは3年次の2010シーズンで、この年6INTを記録。この時点では、一年後のドラフト(=今ドラフト)で彼を1巡に予想するモックがかなりあった。小生も当時ドラ1で獲れと願っていたのは良き思ひ出である。
 最終年にパフォーマンスを落としたものの、それでもプロデイ前までは2巡、プロデイ後も3巡から4巡予想のモックが多かった選手である。

 そんな彼がまさかのドラフト漏れとなった理由として、考えられるのは次の3点。

1. ケガ
 カレッジシーズン終了後に膝の手術を実施。ケガによる株価暴落はよくある話。
2. 公称身長6-0だったのが計ってみたら5-10
 あまり聞かない2インチの誤差はリッチもそうであったが、これは今年のトレンドなのか。
 RBなら好材料にもなるが、CBの2インチ減は言うまでもなく致命的マイナス。
3. プロデイでケガを押して走った40ydが4.63
 小兵CBが4.6秒台では売れない。ケガを押して走ったことは皆が知っていたが、だからケガのぶんを差し引けばいいという単純な話ではなく、じゃコンマ何秒引けばいいのヨという話になってくる。
 以下、憶測に過ぎないが、ケガを押しての40yd走というのは、「根性があるから走った」ではなく「ケガの影響がないと判断したから走った」としか受け止めらなかったのではないか。だとすれば、倅の40ydタイムは、仮にケガがなくとも4.63以上でも以下でもないと判断されたことになる。
 あるいは、結局倅のプロデイがケガを理由に中断されてしまったことから、判断力の悪さが評価されてしまったとか、プロデイでケガが悪化したに違いないと見られたとか、とにかくプロデイは倅にとって何のプラスにもならなかった。

 そんなこんなでドラフトからは漏れた。さすがにドラフト外の中では屈指のタレントであり、5チームからオファーがあったが、親父の勧めもあってWASを選んだようである。

 ボールスキルの高さはカレッジで実証済、また親父譲りのハードタックラーでもある。バージニア大の守備はほとんどゾーンで、倅がこれにジャストフィットしたことから、親父とは正反対のゾーン守備特化型CBと見られている。タックル力の高さと相まってSに向いているとの評価もあるくらい。
 逆にマンカバーは、カレッジでの経験も少なくあまり得意でないらしい。スピードも一級品でないのでディープに行かれると特に弱いらしい。だから今のブラウンズにはフィットしない、ことは内緒である。いやでもFSとしてウサマやハッグよりいいかもしれん。
 その他の弱点は、インターセプト、ハードタックルに拘るあまり、カバーミスやらタックルミスやらのポカ癖があるところだそうな。

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minnie

 最後に、ミニー親子は顔がクリソツである。現役当時のミニーと今の倅は、ユニフォームないし写真の色褪せ具合で判別しなきゃいけんくらい似ている。プレースタイルは違えど名選手の遺伝子は受け継いでいるはずなので、WASではそこそこ活躍してブレークの兆しだけを見せておいてとっととブラウンズに来られたしっつか7巡でとっとけよ馬鹿。お手頃なファンサービスだったじゃねえか。

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この記事へのコメント
>85シーズンのプレーオフにて、当時MIAで人気と実力を兼ね備えたWRマーク・クレイトンとWRマーク・デューパーのコンビを、合わせて1捕球に抑え込む(しかもQBはダン・マリーノ)というガチのシャットダウンパフォーマンスを見せた
http://www.youtube.com/watch?v=0OzuqvDK6XU

この試合ですか

つい先日、結果知らないでブラウンズ寄りで見てたんですが、最後悶絶しそうになりました。
リアルタイムで見てたブラウンズファンの方々の思いはいかばかりか。

後から知ったんですけどこの試合マーティ翁とプレイオフの因縁の始まりでもあるんですね。
Posted by 海豚嫌い at July 08, 2012 07:20
ありがとうございます。こんな動画あったんですねー
結果と終盤の展開だけ知っていたので、21-3まで観ましたw
いやあ面白かった!

ロスターにRB何人おんねん、というショッテンハイマーらしいオフェンスですねw
この年、ビル・カウワーもSTコーチに就任して、ブラウンズはここから伸びていくんですよねえ。
ファンにとっては歯がゆくもいい時代だったんだろうなあ…
Posted by mentai at July 08, 2012 20:41
こんな選手がいたんですね、親父さんのことは聞いたことあったけど。
ドラフトカウントダウンの評価だと
いい選手だよソフトハンドでSTでも貢献できる、でも怪我大杉、小さいのは言うまでもないしね。2〜3巡?ロンデ・バーバーに似てるかな?

でもロンデって10年やっててほぼ怪我したことないデスヨネーという。
フィジカルが格段に違うプロの水を考えるとこの辺が嫌われたんでしょう。
Posted by SLEEP at July 08, 2012 22:09
やっぱりケガですかねえ。
大学での経験豊富で頭が良くて努力家でニーズでもあるCB/Sと、
今年のブラウンズのドラフト方針にはハマっていたはずなんですが。
ブラウンズはウェイドを選びました。

RG3といいギャルソン/モーガンといい、WASは気になるチームになってきたもんです。
Posted by mentai at July 08, 2012 22:55
リクエストに答えて頂き39でーす
にしても…、
「さてスッキリしたところで倅である。親父紹介で力尽きたので簡単に。」の件には
「オイ、待てぇーい!!」と声出しで突っ込んでしまいましたw
0(`・ω・´)=〇なんでやねん!

それはさて置き、情報量は充分です
そっかぁ、2世選手だったんですね
マーク・クレイトンだと自分のアメフト感染歴…、
もとい観戦歴より1つ前の世代です
その優秀な遺伝子を受け継ぎながらタイプが違うとなると
実はホントの実力はまだ開花してないとみるかな
増々、楽しみです
身長に関しては彼なりの主張としては
「いや、違うって
俺はフィールドに出たら気迫で2インチデカくなるんだよ
解ってねえなぁ」とかいいそう
治ってないのに調子こいてプロディで走っちゃうとことか
自分と同じ匂いがw
ブラウンズファンにしてみたら
まさに「フロント、馬鹿ぁ!!」な感じでしょうけど
CBのみならずSFにも問題を抱えるスキンズには持って来いな存在
是非とも開幕ロースターに残って
ゆくゆくは親父さんのように成り上がりな人生を歩んでもらいたいですね
最後にもう一度アリガトーございました

ヾ(´・ω・)ノ{☆тндйкуO∪☆}ヽ(・ω・`)ノ
Posted by サックマン at July 09, 2012 16:56
いえいえ。
こちらも、隙あらば80年代後半のブラウンズのこと書きたいと思っていたこともあり。
また、海豚嫌いさんから素晴らしい動画を紹介してもらう余禄を得ましてwin-winですw

しかし倅は、まさか今年のキャンプからいきなり頭角を現すとは……
Posted by mentai at July 10, 2012 21:01
Kosarに次いで名前を覚えた選手は
ミニフィールドだったような気がします。
理由はmentaiさんと同じくカッコイイから。

しかし、ビックリするくらい親父さんとそっくりですね。
いつか、茶色のジャージを着て欲しいですね。
Posted by yakibuta at July 14, 2012 19:11
80年代の下町スポーツ少年にとって、ピークを過ぎた掛布に代わる背番号31といえばミニフィールドでした(嘘)

ドラ7CBのウェイドは、ファンからの変なプレッシャーを気にせず伸び伸び成長してほしいですねw
Posted by mentai at July 15, 2012 15:42